カラン…

ルッチがグラスを傾けると、中でロックアイスが小さな音色を奏でた。

その横顔はやはりとても整っていて…。

悔しいけれど、思わず見惚れてしまいそうだ。

 

 

10.俺以外には許すなよ

 

 

手元にある酒が丁度尽きた。

別にないなら寝酒を諦めて寝ちまえばいい話だが…。何だか無性に呑みたい気分だったのだ。

ジャブラは、ふらりと調理場の方へ向かった。

何せ、食料庫にいけば、酒の類など簡単に手に入る。

…運がよければ、ギャシーの姿を拝むこともできるかもしれない。

先ほど酒瓶が空なのに落胆していたのとは裏腹に、浮き足立って回廊を進む。

そんな時だ、前から視界に入れたくないものがやってきたのは。

全身黒づくめなのが似合いすぎるほど似合う男。

……このまま進んだら、いつもの二の舞だ。

通り過ぎるのをやり過ごそうと、直進を諦め、右手のルートで目的地へと行くことを決めた。

しかし…。しかしである。

 

「……こんな時間に何処へ?」

「〜っっ!?」

 

方向を変えた瞬間、耳元に囁かれる低音。しかも、吐息で囁くのは反則だ。

ジャブラはぶるりと身を振るわせた。

剃でも利用したのだろう。ジャブラの真後ろには、先ほど回避を決め込んだ男の姿。

「てめェ…何でさっさと部屋にいかねェんだよ…」

「…オマエが俺を避けようとなんて小賢しい真似するからだ…バカヤロウ」

さっそく、いつもの自己中心的なまでのルッチ理論で武装して、まるでジャブラが悪いかのように言い出すルッチ。

…本当に性質の悪い男だ。

「で、何処へ行く気だ?」

「……調理室だよ」

「………何のために?」

ぴくり、とルッチの片眉が上がる。だがジャブラはそれに気付かない。

「あァ!?酒が切れたんだよ!悪いかっっ!!」

「………」

ギャシーに会いたいがために夜中に出かけるのか、と危惧したが、どうやらそうではないようだ。

とはいえ、みすみすこのまま行かせるのも嫌だった。

ギャサリンの好意が自分に向いているとしても、ジャブラが彼女に憧れているのは紛れもない事実なのだ。

「………来い」

「な…っ離せよっっ」

「酒ぐらい、好きなだけ飲ませてやる」

喚くジャブラを余所に、ルッチはずりずりとジャブラを自分の部屋へと連行していった。

 

 

 

何とかルッチの腕を振りほどこうとしたものの、それはあっけなく不可能に終わり…。

気付けば、ルッチの部屋の革張りのソファに座らされている。

「何が飲みたい?」

「………要らねぇ」

「遠慮するな、わざわざ自分で取りにいくほど欲しかったんだろう?」

「てめェに貸し作るぐれェなら、俺ァいらねェ!!」

「………この程度のことが貸しになるか、馬鹿犬」

半ば呆れながら、2つのグラスでバーボンのロックを作る。

1つをジャブラの前に置くと、ルッチは彼の隣に座り、自分のグラスを呷り始めた。

ジャブラはグラスとルッチの顔を交互に見ていたのだが…。

「てめェから飲めっつったんだからな」

憮然としながらも、用意されたグラスを手に取る。

琥珀色のアルコールはルッチの好物だ。

どちらかというと、自分が好んで呑むものとは違う。

だが、彼にとってはこの味も嫌いではなかった。…自分では飲まないはずなのに。

どうしてだ、と思考を働かせて…一気に赤面する。

自分がこの味を味わうときを思い出したからだった。

確かに、この部屋で普通にこうしてグラスで出されたものを味わうこともあるが、それよりもはるかに回数が多い味わい方。

………ルッチからの口付けだ。

ギャシーは大切で大切で仕方ないことを知っているのに、目の前の男はジャブラを好きだと言ってきた。

・・・それがどこまで本気かは怪しいものだとジャブラは思っているのだが。

とにかく、ルッチは嫌がらせなのか本気なのか、ジャブラにキスを仕掛けてくる。

………大概は、キスだけじゃ済まないのだが。

でもってそれがとても巧いのだ、これがまた。

好敵手だと思っている相手なのに。自分は嫌いだと思っているのに。

キス一つでジャブラの意志など簡単に吹き飛ばされてしまう。

それはそれとして、ジャブラはキスは味などしないものだと思っていたのだが…。

その人間の嗜好をしっかり味わえてしまうものだと、最近自覚するようになった。

ロックで飲んだ後にキスされて、その舌でもってねっとりじっくりジャブラの舌に絡めてくるのだ。…これで味がしないほうがおかしい。

いや、むしろその味を不快に思わない、自分のほうがよほどおかしいのかもしれない。

赤面しそうになるのを堪えたものの、自分の動揺を悟られるのは嫌だ。

ジャブラはバーボンのグラスを口元に運びながら、こっそりと隣のルッチを盗み見た。

だが、考えていたことが考えていたことだけに、ルッチの厚い唇に目がいってしまう。

 

「…何を見ているんだ?」

「い、いや?な…なんでもねェ!!」

「………そうか」

 

なんでもない訳ないだろう、と思いつつ、珍しくルッチは言及しなかった。そして無意識に手の中のグラスを傾ける。

カラカラと、涼やかな音を奏でるグラス。その様子はとても様になるもので…。

くやしいけれど、とても画になる。

溜め息交じりに、ジャブラは一口グラスの中身を飲んだ。

「………」

「どうした?」

「別に」

「バーボンは嫌いだったか?」

「いや…んなこたァねェ」

そう、別にキライじゃない。

ただ………どうせなら、もっと美味しく酔いたい。………いつものように。

「おかしなヤツだな」

そういって自分のグラスを呷り続けるルッチ。

それを見ながら、ジャブラは次に起こす行動を決めた。

ルッチの首を自分の方に寄せて…ルッチの唇に自分のそれを合わせる。

ルッチは最初驚いてフリーズしていたのだが、遠慮がちに伸ばされたジャブラの舌を感じると、本能のままに自分の舌を絡ませた。

 

そう、この味だ。

自分が酔うのに、最高の……甘美な。

 

「珍しいじゃねェか…ジャブラ」

「どうせ飲むんだ、ならいい気分で酔いてェだ狼牙!」

何より、自分ばかりが翻弄されるのでは、割りに合わない。

「一理あるな…なら思う存分酔わせてやろうか?」

「……上等だ」

ニヤリ、と笑うジャブラにゾクリとしたものを感じるルッチ。

これは衝動だ、それも破壊的な。

それでも目の前の男は壊れないだろうという根拠のない確信があった。

だからこそ、自分はこの男を欲するのだ。

 

「俺以外には許すなよ」

 

ジャブラの身体ごと押し倒すと、ルッチは反撃とばかりに深い深い口付けを開始した。

お望みどおり最高に酔えるように、と。

 

「ならオマエ以外……見えなくしてみろ、馬鹿猫」

「………望むところだ」

 

荒い息の中、挑発的な台詞を吐くジャブラ。

その挑戦を受けるべく、みずからもソファに身体を沈めていった。

 

FIN

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ジャブラ「やァっぱお前キスうめェわ…」(また流された…)

ルッチ「人のせいにするな、このフェロモンわんこ」(憮然と腕組み)

ジャブラ「フェロモン垂れ流しの発情猫に言われたくねェよ!」(机ばんばん!)

ルッチ「……今回はオマエが誘った」(俺のせいじゃない)

ジャブラ「………」(黙秘)←どうやら思うところがあるらしい

 

くずのは「まぁまぁ、結局どっちもどっちですからァ♪」(にこにこ)

ジャブラ「あのなァ…」(ジト目)

くずのは「だって結局最終的には何も変わりませんよ?」(小首かしげ)

ルッチ「まぁ、確かに俺お前の間に何かが育まれているのは変わらないからな!」(胸張ってどーん!)

ジャブラ「違うわ、ボケェェェェ!!」(机、ばんばんばーん!)

 

甘いの書こうと思ったんです!甘くピンクにしようと思ったんですっっっ!!!

それなのに、鳴呼それなのに……気付けばこんなことに。

とりあえず二人でキッスにメロメロしてればいいさ〜、というコンセプトで。

いや、ルッチの唇にもやもやするジャブラが書きたかっただけですよ!(きっぱり)いちゃパラ万歳★